会話文のない小説は、稀にしか存在しません。
人間は社会的な動物であり、他者との関わり合いの中で生きており、芸術作品とは社会を映す鏡だからなのでしょうか?
特に、小説は人の生き様を表現することが多いため、会話文が出てくるのも当然と言えるでしょう。
ただし、小説における会話は、当然ですが音声ではなく文字になります。
我々が相手の言葉を読み取るときは、状況を基に、相手の性格・声の調子・顔の表情・しぐさなども加味し、総合的に判断しています。
よって、文字の会話を読み手に上手く伝えるには、それ相応の工夫が必要になりますが、基本的には周囲の地の文で説明することになります。
しかし、会話文に説明を加えても、いまいちはっきりしないことも多いため、以下のような記号を使い、情報を付加します。
(!) 感嘆符
(?) 疑問符
(…) 三点リーダー
(―) ダッシュ
それでも足りない場合は、文字のフォントや大きさを変えたり、絵文字すら使用する作家もいます。
このように、あれこれと手を加え、会話文を分かりやすくしようと努めますが、複数の人間が集まった会話になると、誰が誰だか分からなくなることが頻繁に起こります。
そこで登場するのが、方言を話す人物です。
関西弁を話す人物がいれば、当然ですが、会話の判別がつきます。
関西人はうるさいとする考えは紋切型であり、関西人だからといって面白い話やギャグを求められるのは困る、と言われるように、癖のある関西人を安易に頼るのは良くないかもしれませんが、1つの特徴としては描けます。
また、内気な関西人を描ければ、それはそれで一般的なイメージとは異なる特徴にはなりますが、部外者が用いると、そんな関西弁はない、などと言われてしまうように、なんちゃって方言になってしまうことはよくあります。
また関西と一括りに言っても、使用されている言い回しや単語はかなりバラツキがあるようで、関西のこの地方では使うが、他の地方ではまったく使わない言い回しというのもあるようです。
そんな注目の的となる関西弁や、こちらも特徴のある名古屋弁など、今は標準語から様々な方言に変換してくれるサイトがいくつも存在しますので、作家の皆さんはチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
また、舞妓さんが話す「~どすえ」は、一般の京都人は使用しないそうですが、ゆったりとした京都弁に魅力を感じるのは、私だけではないでしょう。
日本全国には、関西弁の「なんでやねん」、津軽弁の「じょっぱり」ほか、特徴的な方言がいくつもあります。
これらの方言を小説の会話文に使用することで、登場人物を区別しやすくできますが、方言そのものが理解できなければ読者は先に読み進めませんので、その辺りを考慮しながら使うといいかもしれません。
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