2018/07/22

剣豪・宮本武蔵が残した言葉「我事において後悔をせず」の意味



宮本武蔵肖像 熊本県島田美術館



後悔先に立たず、という誰でも知っていることわざがあります。


意味は、事後に悔やんでもどうにもならない、であり、我々がことあるごとに直面する耳の痛い言葉です。

わかっちゃいるけどやめられない。それが後悔であり、いつまでも引きずる場合も多いでしょう。

もちろん、取り返しのつかない失敗を犯し、後悔を拭い去れないこともあるでしょう。

また、明らかに悪いことを仕出かし、反省に繋げるための後悔も間違いではないでしょう。

しかし、いくら後悔しても過去の事実は変わりません。

この自分が抱く後悔に対処する方法は幾つかあります。

例えば、


後悔の元を一切忘れる

後悔の元をプラスに解釈する

後悔の元を覆すだけ行動を取る


などです。

では、そもそも後悔の感情を抱かないことはできるのでしょうか?

江戸時代の武芸者・宮本武蔵は、次のような言葉を残しています。


我事において後悔をせず


武蔵といえば、一昔前は吉川英治氏の小説「宮本武蔵」、最近では井上雄彦氏の漫画「バガボンド」が馴染み深く、また兵法書の五輪書が有名ですが、この言葉は、死に際に遺した21箇条の信条ともいえる「独行道」に書かれています。

よく知られているように、宮本武蔵は決闘という形で幾多の命のやり取りをしてきました。

独行道には、


道においては死をいとわず思ふ


という言葉も残っているとおり、常に死を覚悟して生きてきたわけです。

死以上のリスクは存在せず、それを武蔵は受け入れていたため、後悔しない生き方ができたと言えますし、後悔してる暇がなかったとも言えます。

その武蔵には画家としての一面があり、幾つかの絵を残しています。




枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず) 
和泉市久保惣記念美術館


これは墨で描かれたモズの絵ですが、見れば分かる通り、線がブレずに引かれており、筆遣いに迷いが見られません。

この武芸者の心は澄み切り、達観していたことが分かります。

我々も武蔵のように、平静時でも死を受け入れて生きていくことができれば、後悔の二文字を消し去ることができるかもしれません。

ただし、それは限りなく不可能と言えるでしょう。

なぜなら、命の危険に身を晒すような場面は日常にほとんどなく、佐賀藩の侍・山本常朝が、泰平に慣れきった武士を嘆いたぐらいですから、現代人が普通の状態で死を覚悟するなど到底適わぬことでしょう。

会社の経営者など、倒産の危険に身を晒して自分を追い込んで生きてる人はいますが、死となると別次元の話で、平時に受け入れることは難しいでしょう。

しかし、自分の死を意識することはできます。

アップルの創業者・スティーブ・ジョブズが、毎朝鏡の前に立ち、


今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを本当にやるだろうか


と自分に問いかけていたことは有名な話です。

ぜひこれを真似たいところですが、それでも自分の死をリアルに意識することは難しいかもしれません。

それは、誰にとっても自分の死は恐ろしく、考えの外に置いておきたい事柄だからです。

日本では、毎年災害や不慮の事故で亡くなる人が大勢おり、世界各地では、紛争や戦闘で命を落とす人が今も大勢います。

この他人の死を、自分に置き換えて考えることができる人は、一体どれぐらいいるでしょうか。

もちろん、中には感受性が鋭く、死に想いを巡らせている人もいるかもしれません。

ただ、死は一度しか体験できないものであり、結局は外から眺めているだけに過ぎず、また日常に忙殺されてしまえば、自分が生きていることが切実な現実となります。

江戸時代の狂歌師である大田南畝は、次のような辞世の句を残しています。


今までは

人のことだと思ふたに


俺が死ぬとは


こいつぁたまらん



大抵の人は、死に際にこれと似た感情を持つのではないでしょうか。

しかし、一応ここで、自分の死を意識する方法を挙げてみます。

フランスの大女優・サラ・ベルナールは、棺桶で寝ていたという逸話がありますが、他にも、


遺書をしたためる 

遺影を撮る 

線香を焚いて匂いを嗅ぐ 

自分の葬儀を想像する 

自分の墓石を想像する


などが挙げられるかもしれません。

この中で私が実践しているのは幾つかありますが、自分の人生に限りがあることを強烈に意識すれば、後悔しない生き方ができるはずであり、また一秒たりとも無駄な時間は過ごせないと分かり、後悔している暇もなくなります。

後悔しない生き方とは、今日死ぬかもしれないことを強烈に意識することで、掴み取れるのではないでしょうか。

剣豪・宮本武蔵が残した言葉「我事において後悔をせず」は、そのような意識に基づいて生まれた言葉であることは間違いないでしょう。


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