徳川家康 三方ヶ原戦役画像
パブリックドメイン 徳川美術館所蔵
戦国の覇者・徳川家康の自画像に、一風変わったやつれた表情の絵があります。
権力者らしからぬこの一枚は、通称・しかみ像(顰像)と呼ばれています。
作品の由来は、三方ヶ原の戦いで武田信玄に大敗した家康が、苦境や屈辱を忘れないために、敗戦直後に描かせたと伝わるものです。
この家康の器量を示す逸話は、創作の可能性も指摘されていますが、この戦で惨敗した家康は、浜松城へと逃げ帰ります。
その途上で、恐怖のあまり脱糞したという話は後世に付け加えられたもののようですが、生死を別けた退却であったことは間違いなく、家康はそんな最中にあっても、闇夜の遁走に付き添った忠臣を後に褒賞するため、その供回りの刀に痰唾を吐き続け、証拠を残していたというのです。