2017/03/08

戦国時代を舞台にしたおすすめ映画「乱」から読み解く、兄弟の典型と争いの果てにあるもの 




武田信玄 vs  上杉謙信
川中島古戦場史跡公園


ゆぅーちゃんさんによる写真ACからの写真 


冒頭の二体の銅像は、風林火山と毘沙門天の幟旗(のぼりばた)から分かるように川中島の戦いで有名な武田信玄と上杉謙信ですが、本記事の題材は、同じく戦国時代が舞台の設定である映画「乱」についてです。

映画「乱」は黒澤明監督の作品で、主人公は、仲代達矢氏演じる70歳の戦国大名・一文字秀虎であり、その息子たちとして成人した男の三兄弟が登場します。

(ネタバレあります。)

それぞれの性格は特徴的で、ひ弱な長男・抜け目のない次男・自由奔放な三男となっており、長男を寺尾聰氏、次男を根津甚八氏、三男を隆大介氏が演じていますが、その性格は、現代社会で見られる象徴的なものとなっています。

どういうことかと言うと、育児経験のない両親が長男を育てるとき、あれは危険これも危険、と子供の行動を制限したり、転んだり擦りむいたりすると、すぐに駆け寄って必要以上に心配します。

その結果、長男は神経質で線の細い男性に育つ可能性があります。

次男は、長男が色々と小言を言われたり怒られたりするのを見て育ちます。例えば、しっかり片付けなさいとか、早く食べなさいとか、ゲームをやめなさいとかは、年齢が上の長男がいつもターゲットにされます。

それらを見て、次男は自分が怒られないよう上手に立ち回ることを覚えます。

また長男と次男が喧嘩をしたとき親に怒られるのは長男です。

あなたはお兄ちゃんなんだから手加減しなさい、優しくしなさいと言われます。

そうすると気の弱い長男はますます気が弱くなり、次男は抜け目のない性格になっていきます。

そして末っ子の三男は、育児に余裕が出てくる両親に基本的にほったらかしにされ、また、親が相対的に高齢になってからの子供のため比較的甘やかされて育ち、上の兄二人にはいじめられて雑草のようにたくましく育つため、自由奔放で自らの意志を押し通す強い人間に育つ傾向があります。

本作品の設定は戦国時代であり、この時代の武将の育児は生母ではなく乳母や女中がしていたので、本映画の人物設定は、シェイクスピアのリア王を基にさらに作品に色をつけるため変更したと思われますが、映画のストーリーに合致しているだけでなく、現代にも見られる特徴になっており興味深く観ることができます。

この映画の観るべきところは他にもあります。

冒頭の雄大な自然や城が炎上する場面や、人馬入り乱れる戦のシーンなどの映像美もさることながら、仲代達矢氏を始めとする役者陣の演技も素晴らしいです。

特に、初め長男の妻で、長男亡きあとは次男を篭絡してその妻に収まった楓の方を演じる原田美枝子氏の存在感が圧倒的です。

夫をけしかける仕草や言葉の調子には目を見張るものがあります。

また、身内を秀虎に殺められ、敵方の武将に嫁いだ背景を持つ、戦国乱世に生きた女の執念を見事に演じています。

まるで、両親を滅ぼされたものの、その仇である武将・豊臣秀吉の側室となった浅井三姉妹の長女・淀殿や、武田勝頼の母親で、父親・諏訪頼重を自刃に追い込んだ武田信玄の側室となった諏訪姫と境遇が似ています。


実際に、武田家は勝頼の代で滅亡するように、その意図が諏訪姫にあったかどうか分かりませんが、本作品はそれを彷彿させるような、戦国に生きた女性の執念が見事に表現されています。

ただ作品全体を流れるトーンは一貫して悲劇であり、人間が争わねばならぬ業を嘆いています。

本作品でも、音楽で指揮を執る武満徹氏と監督が大喧嘩をしたエピソードがありますが、妥協しない黒澤明監督があちこちで争ったことにより、作品がより磨きあげられたと思いますので、人間が争う業というのも考えさせられます。

争いを繰り返してきたヨーロッパの歴史や、生物の進化的軍拡競争を見るに、争いは進歩を産み出すかはさておき、次の何かを産み出す契機にはなるのは間違いないでしょう。




映画『乱 4K』予告編




現代の兄弟に関しても、「兄弟は他人の始まり」という言葉があるように、介護問題や遺産相続で骨肉の争いが生じてしまうこともあります。

ただし、本映画のように子供が3人いると、小さいながらも社会が形成され、早いうちから人間社会での立ち回りを学ぶことができます。

あるときは二人が敵になり、あるときは一人が味方になり、あるときはそれぞれが譲らないといった具合に、それぞれの立ち位置の中で、自分の主張を押し通す方法を学習したり、片方を切り崩す方法を学習したり、引っ込める頃合いを学習したりと、早くから人間関係というものを体験できるという意味でも、兄弟喧嘩という争いにもまた、何かを生み出す契機が含まれているかもしれません。


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