2017/03/06

力なき正義は無力なのか? アル・パチーノ主演のおすすめ映画「セントオブウーマン・夢の香り」




Sang Hyun ChoによるPixabayからの画像 


力の象徴である剣を持つ 正義の女神・テミス像



映画「セントオブウーマン」は、俳優アル・パチーノの代表作であり、盲目の気難しい元軍人という難役を見事に演じています。


そして、もう一人の主人公は、奨学生としてアメリカの名門高校に通う実直な青年役を、こちらも俳優クリス・オドネルが好演しています。

物語は、クリス・オドネル演じるチャーリーが、故郷オレゴンに帰省するための旅費を稼ぐため、アル・パチーノ演じる盲目のフランクを世話するアルバイトに申し込み、そこから二人のニューヨークへの旅が始まる流れとなっています。

(ネタバレあります)

ただこの旅行前にチャーリーは、金持ちの同級生が起こした校長へのイタズラを目撃し、もし犯人の名を明かしたらハーバード大学への推薦を認め、隠したなら退学の可能性もという厳しい選択を校長から迫られ、同級生を売るか守るかの悩みを抱えたままの旅行となり、そしてまたフランクも、光を失って生きている理由を見いだせず、人生の最後に豪華なひとときを、という旅行となります。

本作を語る上で外せない場面は、ニューヨークの五番街に位置するホテル、「ザ・ピエール」のボールルームで撮影された、華やかなダンスシーンです。

ホテルのラウンジで一人座っている若い女性ドナに、フランクがタンゴを踊らないかと誘います。

失敗するのが怖いからとためらうドナに、フランクが粋な言葉を掛けます。


タンゴに間違いはないよ、人生と違って。簡単だよ。それがタンゴの素晴らしいところさ。もし間違って足がもつれても、踊り続ければいい

No mistakes in the tango, Donna, not like life. It's simple. That's what makes the tango so great. If you make a mistake, get all tangled up, just tango on.



作中の会話引用


その言葉に承諾したドナは、フランクと手を取り合ってボールルームに向かいます。

そこで流れ始めるのは、タンゴの名曲ポル・ウナ・カベーサ。

二人のダンスが始まると、初めは戸惑いの色を隠せないドナですが、フランクの優雅なリードに、やがて心と身体を開いていきます。

ブルネットの髪をアップに、背中を大きく開けた黒いドレスを纏うドナが時折見せる笑顔は可憐です。

まるで、一期の夢のような華やかな世界が展開されます。






このアル・パチーノとガブリエル・アンウォーのタンゴを踊るシーンは、映画史の1ページを彩る場面だと思います。

この曲は、アルゼンチンの国民的タンゴ歌手であるカルロス・ガルデルが作曲したもので、フィギアスケートの浅田真央ちゃんも、このポル・ウナ・カベーサに合わせてを氷上を舞ったことがあります。

そして映画のクライマックスは、一人の実直な青年が、自分の考える正義を貫くべきか否か、自分との対決です。

フランスの哲学者であるパスカルはこう言いました。


力なき正義は無力であり、正義なき力は圧制である。

Justice without force is powerless; force without justice is tyrannical.

La justice sans la force est impuissante ; la force sans la justice est tyrannique.


まさにこの言葉は、力はないが、同級生を売るまいとして誠実な人間たろうとする一人の純朴な青年と、
たわいもない私怨から一人の学生を試し、人生の選択を迫ろうと理不尽な圧制を敷く校長に当てはまります。

しかし、人間には負けると分かっていても、己の考える正義や自己の信念を貫くべきときがあるはずです。

インドの独立を勝ち取ったマハトマ・ガンジーや、アパルトヘイトを廃止させたネルソン・マンデラのように、牢獄に入れられようとも信念を曲げない人間の高潔さに、我々は心を打たれます。

結局チャーリーは、全校生徒の前に呼び出され、校長から問いただされても、告げ口は嫌いだと言っていたように同級生を売リませんでした。

そのため校長から退学を申し付けられます。

そこから、チャーリーを擁護するフランクの大演説が始まります。

彼は自分の得のために同級生を売る人間ではない。それが人間の持つ高潔さであり勇気であり指導者が持つべき資質である、という内容で、全校生徒の前で大立ち回りを演じます。

最終的にチャーリーは、このフランクの演説によって処罰を受けずに済みます。

そして、物語の最後は、色々とあった短い旅を終え、杖を突きながら坂道をのぼり、再び薄暗い自室に向かう盲目の老齢男性を、一人の青年が見守るという画面が映し出されます。

フランクは、ホテルのボールルームでドナに、「人生と違ってタンゴに間違いはない。もし間違って足がもつれても、踊り続ければいい」と声を掛けましたが、人生そのものも、チャーリーが作中で言ったように、足がもつれても踊り続けること。たとえ惨めでも、自分の人生を演じ続けること。たとえ様々な障害があったとしても、人生を歩み続けること。そんなメッセージと共に、杖を突いて歩くフランクの先では、家の子供たちが遊んでいるように、日々の中で小さな幸せは見つけられるはずだ、とのメッセージが伝わってくるようです。

また、物語の幕は、チャーリーがリムジンで送ってもらう場面で閉じますが、自分の得のために同級生を売らなかったチャーリーのような人間こそがリムジンに乗る資格がある、そんなメッセージも込められているようです。

映画の全編を通し、悩みを抱えた成長段階の一人の青年と、歪な形ではあるが態度でもって教えるという人生経験豊富なメンターといった見方もあり、ストーリーも秀逸だと思いますが、態度は豪快だが内面は苦しみを抱えているフランク演じるアル・パチーノと、一見優男だが内面は芯のあるチャーリー演じるクリス・オドネルの対比など、役者陣の味のある演技も見所です。

とにかくお薦めの映画です。


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