娘が小さい頃、ゲームセンターでクレーンゲーム(UFOキャッチャー)をやったことがあります。
対象は可愛らしいぬいぐるみで、ケースに何種類かある中で娘の希望するものに焦点を定め、試行錯誤しながら三回ほど行いました。
しかし、結局取ることはできませんでした。
これ以上やっても無駄だと思い、その場から去ろうとしたのですが、娘がどうしても欲しいと言うので、再び挑戦することにしました。
ただ、どう見ても人形は取りにくい位置にあり、四回目も結局失敗しました。
ここで、私は一計を案じました。
ただ、どう見ても人形は取りにくい位置にあり、四回目も結局失敗しました。
ここで、私は一計を案じました。
定員さんにお願いし、人形を取りやすい位置に動かして貰おうと考えました。
人の良さそうな定員さんを掴まえ、
「娘がどうしても欲しいと言うので、何とか動かしていただけませんか」
と懇願すると、
「わかりました」
と笑顔で快く応じてくれました。
そして、店員さんは鍵で扉を開けると、
「どの人形ですか?」
と聞いてくれたので、娘の欲しがっていた物を指し示すと、なんと、クレーンが触れれば落ちる穴の近くに人形を置いてくれました。
こうして私は、五回目の挑戦で人形を取ることができました。
このように、世の中には多くの裏技や近道が存在します。
ということを私は言いたい訳ではありません。
四回目で止めていれば成功はなかった。
ということでもありません。
追い詰められたから別の案が浮かんだ。
ということでもありません。
今挙げた項目である、
裏技や近道がある。
諦めてはいけない。
失敗や窮地の先に成功がある。
のは間違いなく、何かを成し遂げるために留意しておくべきことですが、私がこの一件から得た最大の教訓は、
考えることを放棄してはならない
ということです。
何も考えずにクレーンゲームを続けていたら、徒(いたずら)にお金を失うだけだったでしょう。
正面突破や作戦を変えないこと、愚直に行動することも時として重要であり、日露戦争の旅順要塞攻撃のように、おびただしい犠牲者を出しながらも、続行しなければならないこともあるはずです。
ただ、走りながら考え続けることは絶対に必要です。
今回のクレーンゲームの場合、娘が欲しがっていた人形は、もしかしたら他で購入できたかもしれません。
さらにいえば、娘は頑張っているお父さんを応援するのが楽しかっただけなのかもしれません。
旅順における二百三高地の攻略は、最後は奇抜な作戦によって成功を収めることができました。
それは、日本の要塞に据え付けてある巨砲・二十八サンチ榴弾砲を取り外し、遠路はるばる運んで使用したからであり、据え付けの大砲を取り外すという非常識が行われたからこそ、勝利に繋がりました。
このように何か泥沼の出来事に嵌まり込んだとき、考えることを放棄したら、自力での脱出は難しくなっていきます。
いま、インターネット上で行えるクレーンゲームが盛況のようですが、ネット上では店員さんにお願いして動かすことは無理だと思われるものの、もしかしたら、何か獲り易い方法があるのかもしれません。
ホモ・サピエンスという我々現生人類の学名は、ラテン語で、
「知恵ある人、賢い人」
という意味です。
いつ何時も、特にピンチの時は、頭を働かせて知恵を絞り出す必要があるはずです。
ただし人間は、人前でのスピーチといったストレスがかかる場面に遭遇すると、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質が放出され、高度な認知を司る前頭前野の働きが鈍る機能が備わっています。
これは、「ピンチの時に人間の思考はストップする」ことを意味しております。
その理由は、恐らくサバンナで生活していた過去の名残だと思われ、捕食者に襲われるといった非常事態に遭遇したとき、考えていては命取りになり、逃げるのを優先した方が自己の生存に有利だったからだと考えられます。
熱いヤカンに手を触れたとき、大脳を経ずに脊髄で対処する反射が行われるように、人間には、緊急時に考えを放棄するような機能が組み込まれています。
このような人間の進化の過程を理解しつつ、常に最善策を考え、継続して知恵を絞り出すことは、どんなときにも求められるでしょう。
その理由は、恐らくサバンナで生活していた過去の名残だと思われ、捕食者に襲われるといった非常事態に遭遇したとき、考えていては命取りになり、逃げるのを優先した方が自己の生存に有利だったからだと考えられます。
熱いヤカンに手を触れたとき、大脳を経ずに脊髄で対処する反射が行われるように、人間には、緊急時に考えを放棄するような機能が組み込まれています。
このような人間の進化の過程を理解しつつ、常に最善策を考え、継続して知恵を絞り出すことは、どんなときにも求められるでしょう。
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